概要
【創建】7世紀 【宗派 】天台寺門宗 総本山 【御本尊】弥勒菩薩 【開祖】大友与多王
西国三十三巡礼14番札所
天台寺門宗(てんだいじもんしゅう)の総本山である三井寺(みいでら)は 正式名称を長等山園城寺(ながらさんおんじょうじ)といいます。
私も長い間、三井寺が正式名だと思ってました
駐車場
仁王門前の参道の両側に大きな駐車場がありました
仁王門

徳川家康に寄進された門です
仁王像は網で少し見にくかった
熱烈歓迎と書かれてお坊さん達が待機していた、お寺の職員だと思うけど写真を撮っていたら門の前に睨みつける人がいた、態度悪すぎる
釈迦堂

仁王門からすぐの場所にあります
釈迦如来像は等身大ぐらいの高さで、無って表情をされてました
金堂(国宝)

堂内には多数の仏像が間近で拝見する事が出来て、平安時代から江戸時代の仏像を比べるられます
不動明王のお顔が片目を閉じたり両目を開けていたり、仏様も半眼だったりほぼ閉じていたりと、時代や作者によって表現が違ってました
※西国三十三所の御朱印は、観音堂でここではありません
閼伽井屋(あかいや)


本堂の横にあり、前を通るとコポコポと水が湧き出る音が聞こえます、耳を澄まして聞いてみて下さい1,400年程前からの変らぬ音が聞こえてきます(天智天皇は626年生まれ)
天智・天武・持統の三天皇がこの水を産湯に用いたことから、「三井」寺という名前の由来になったと伝えられています
閼伽井は、仏様の供える水を汲む井戸の事です
熊野権現社

鎮守神としてお祀りされています
神仏習合の名残がありますね
弁慶の引摺り鐘

比叡山延暦寺との争いで武蔵坊弁慶に持っていかれたとされる鐘
正面から見て右側に引きづられた後みたいな後が残ってますね
当時から弁慶は大男で力が強いってなってたんですね
一切経堂

三井寺唯一の禅宗様式建築物、毛利輝元が1602年に山口県国清寺から移築した
内部は八角形になっていて、引き出しにお教を収める蔵

こんな形で収納していたのを初めて知りました
三重塔

唐院四脚門

門を出て少し進んだ所に橋があります
まだ観音堂は見えてきません
微妙寺(びみょうじ)

十一面観世音菩薩が一部だけ朱色になっていてペンキがかかったように見えましたが、首元と右手首の辺りだけが、彩られているので最近彩色された感じで、本当に鮮やかな朱色だったので逆に違和感がありました
本家力軒

弁慶力餅が有名なようです
でも鐘を持っていかれた側なので、ちょっと違和感がありました
衆宝観音

衆宝とは衆生が求めてやまない財宝のこと
この観音様を信仰すれば財宝が貯まり、福徳を授けられ、出世が叶う
と書かれてます
すごく人間ぽいお姿ですね、立膝で少しうつむいた感じ
そんなに肩ひじ貼らずに信念も持って、前向きにやっていけばいいんじゃない?私が助けてあげるからって言ってるような気がしてきました
この姿勢や雰囲気、気に入りました
他のお寺にも衆宝観音さまっていらっしゃるのかな?
毘沙門堂

色鮮やかに彩色されてます
お寺でこの赤色は、あまり見ない色ですね
桃山時代の彩色を再現とありますね、当時もこんな鮮やかだったんですね
十八明神社

別名はねずみの宮
新たな道場を建立しようとした所、延暦寺に阻止された腹いせに護摩を炊き強念で、ねずみ八万四千匹が延暦寺を襲ったと伝わるお社
今の宗教観とはちょっと違いますが、当時は武闘派だったんですね
液晶パネル

観音堂の石段の手前に設置されてます
現代らしいですね
観音堂

西国三十三所第十四番札所
ここまで仁王門から約35分ほどかかりました
御朱印

観音堂の近くに観月舞台がありました、舞台からだと眺めが良さそうです

駐車場に戻ると55分ほど経ってました
かなり敷地が広いのでぐるっと回る予定の方は歩きやすい格好は必須だと思います
長い歴史と天皇家から信仰されたお寺、そしてほとんどの建物や仏様などが重要文化財以上、また武闘派な一面もあり仏教の裏側も感じる事が出来ました
アクセス
徒歩だと三井寺駅から仁王門まで8分


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