アメリカ横断旅行、その2 サンフランシスコ乗り換え予定が。。。

アメリカ旅行記

2003年2月18日、初の一人旅に関西空港から飛行機に乗り込み世界最大の都市を目指す、期待半分、不安半分でとにかく出発!

順調にサンフランシスコに到着! そこから国際線から国内線に乗り換えてニューヨークに向かう予定っだったのだが・・・。



サンフランシスコ国際空港を無事入国検査(ベルトが鳴ったので金属探知機で調べられたが)が終わり乗り継ぎまで3時間以上あったので、まずは、アメリカの地第一歩を刻もうと思い一旦外に出る事にする。

外に出たが周りに何も無くて2,3分して再び空港へ戻り、国内線搭乗ゲートに向かう。


順調に見えた旅に暗雲が立ち込めました・・・   いきなりアクシデントが襲い掛かって来ました。


何番ゲートかな?と発着掲示板を見ると・・   うん?


NEW YORK (JFK) CANCELED WEATHER って何???


そういえば空港内のCNNニュースに大雪の映像があったなぁ・・・


いきなりの試練が訪れた、旅行はどうなるねん・・ニューヨークには、どうすれば・・


いったいどうすればいいのか分からず、尚且つ英語が低レベルしか喋れないんで、どのように話せばいいのやらって少しの間フリーズしていた気もする。



荷物は預けないで機内に持ち込んでて良かった、そうじゃ無かったらバゲッジのところに行って説明して荷物を取り返さないといけないが、なんせ英語力が乏しいので日本ならちょっとの手間がアメリカではかなりの手間になっちゃうところでした。



でも考えててもしゃーないんでとりあえず搭乗ゲートのおねえさんに「このチケットキャンセル?どうしてもニューヨークに行きたいねんけど。。。」するとおねえさん「雪でワシントン、ボストンもクローズになってるが、明日は行けそうなんでコミュニティーカスタムセンターに行きなさい」って言われたようなのでチケットは交換してくれそう。



ちょっと前向きにコミュニティーカスタムセンターに行くと長蛇の列・・・30人程並んでる、英語は喋られへんし喋れる日本人は居てないかとみるが中国人がいただけだった・・   20分程並んでやっと順番がめっちゃドキドキしながらチケットを出す。

何か言われたが理解不能・・


おねえさん不機嫌な表情でパソコンをパチパチ打ちしばらくして乗れなくなったチケットに手書きで日付と時間を横線で消して2/19 AM1:10と書いてくれた。


またもや何か喋って来るが理解不能・・


しかたなく「今日の夜中では無くて明日の夜中にここにくればいいの?」と聞くと大きく頷いて「3時間前には来ておくように」って言ってくれたような・・・


実はこの一言がラッキーだった。


とりあえず「ホテルは無料のホテルを用意してくれるの?」って聞く(順番が前の人の話を聞くと無料じゃないみたいで、金額の安いホテルを探せって言ってるみたいだった)と「搭乗券は無料でホテルは有料よ」と言われたと思う・・・ヒアリングがカタカナ英語しか出来ないのが悔しい。


無料のホテルは確保してくれないみたいなんで、自分で探す事にして、どうせなら予定の無かったサンフランシスコを楽しむチャンスと前向きに考える。


サンフランシスコを楽しむ為に地球の歩き方アメリカ編を開いて街を目指す。


空港からシャトルバス(BX行き)でバートと呼ばれる新交通システム駅でバートに乗ってパウエル駅に向かうと書いてある。

空港の外に出て、バス停をおじさんに聞いたら「アイ・キャント・スピーク・イングリッシュ」って言われた・・



しかし、次に来た金髪のカリフォルニアガール(サンフランシスコはカリフォルニア州なので決め付けました)に乗り場についいて聞くと 親切にもバス停まで連れていってくれて「BX行きに乗るのよ」って言って去って行った。


この時点で早くもアメリカが好きになりました、こういう時の親切ってほんまに心に染みる。


バス乗り場で運転手にバート行き?料金はいくら?て聞くと1$25¢で2$入れると「NoChenge」って言われてお釣りを貰えなかった・・ やっぱりアメリカって不親切や~、さっきまで高評価だったけどそうでも無いかも。


今後、外国人が日本で困っていたら全力で助けてあげようと心に誓った瞬間です。

不安な状態なので情緒不安定気味ですね。。。


駅に着いたら着いたで、今度は切符の買い方が分からない???



切符売り場から離れた場所にしか運賃表は無いは、英語の通じないメキシカンかマイノリティな人に聞いて 3$入れて2.35$の切符を買う なんとか パウエル駅に着いた   まずは、「サンフランシスコのチャイナタウンの飲茶~♪」って昔あったCMのフレーズを思い出しチャイナタウンに行くことにした


しかし、表通りには飲茶屋さんらしき建物がありませんでした。。。



チャイナタウンを歩き廻る中国の音楽を路上でやってるのを見たりしながら、うろうろする聞こえてくる会話は中国語が飛び交ってます。



しかしながら同じ顔したアジア人の町は、落ち着きます。



次のチェックポイントフィッシャーマンズワーフを探すと1kmちょっとだった。



どうせなら歩いて街を見ていこうと思い歩いて行くと立派な教会が見えてきてそちらに向かう。後から知るがマリリンモンローが結婚式を挙げた教会だった。



歩くこと20分程でやっとこさフィシャーマンズワーフに辿り着いた。



サンフランシスコといえば、ゴールデンゲートブリッジとアルカトラズ島を見ないと、と思い辿り着いたはいいが、どこへ行けばいいのか、さっぱりわからないので海沿いを歩いて行くとフェリー乗り場が見えた。



そこで$19でチケットを買い、最後尾に並ぶとすぐに入船出きた。



フェリーに乗るとトランシーバのような物があり、一人一台づつ取っていってるので、とりあえず手にしてみると受信機でチャンネルが付いていて、イヤフォンと耳に当ててチャンネルを回すと日本語の解説が、聞こえてきた。


船にいる間ずっと解説してくれていた。



この解説で先ほどの教会がマリリンモンローとジョーディマジオが式を挙げた教会だと言っていた。



それとこの後出てくるビルの先端が、ピラミッドの様になった建物は、アメリカでは著名な建築家に作品と言っていた。(船から見たサンフランシスコの街の全景半島に突き出た丘です、それで坂が多いのでケーブルカーが出来ましたと解説してくれてました)



軍艦、潜水艦、帆船の前を通りゴールデンゲートブリッジへ向かう   橋の下をくぐり少し越えたあたりでUターンして



アルカトラズ島の横を過ぎて



初めのフェリー乗り場に戻って着た。



街のあちこちに箱が設置してあり無料と有料があるのに気が付いてfreeを開けて中の小冊子を取り出してみると、フィッシャーマンズワーフとサンフランシスコの見所案内と地図か書いてある本だった



もちろん無料なのでショップの広告がほとんどでした。



しかし充分観光用には使えました



帰りはケーブルカーに乗って街の中心地に戻る事に。



ケーブル駅の終点なのでUターンするんですが、なんと人力でターンテーブルに乗ってるケーブルカーを回してました。




おそらく100年以上前からそうしてるんでしょうね



お金の払い方や降り方に不安があり、周りの人を観察してしながら乗り込むと中には運転手と集金のおじさんの二人が乗っていて中でお金を払うか 乗車パスポートを見せます(1回の搭乗券と乗り放題があり、パスポートはパウエル駅で売っていて1日券と3日券がありました)



宿探しをする為にビジターセンター(観光案内所)に行くと5時を回っていたので閉まっていた、残念   しかたないのでそこらへんを歩いて値段を聞いてみて一番安かったFOLEY’S INNって宿でアイリッシュバーのおやじがやってるようだ



部屋に荷物を置いて食事に行こうと思いエレベーターを探すが扉が在るだけで分からなかったら、エレベーターがたまたま下りて来た、大きな扉の内側にエレベーターが隠れていた・・・



時差と初めての土地で、心身共に疲れたのでホテルから2,3分の距離にあった DINERでハンバーガーとサラダで済ました,しかしスープは塩辛いし、サラダはドレッシングかかりすぎやった。



部屋に戻って休むことに、でも明日飛行機が飛ぶのか そして代わりのシートはちゃんと押さえてくれてるのか?? ニューヨークに行くことができるのか・・不安を感じながら時差もあって長~い一日が終わった。

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