2003年2月20日 3日目
結局夜中飛ん出たので宿泊代はかからないし、朝の7時頃にJKF国際空港に着くので一日丸々遊べるからラッキーだった
朝6時真っ暗な景色が段々と明るくなってきて、真っ赤な朝焼けが見えた。
もう少しでニューヨークJFK空港に到着する。
ニューヨークの街や空港は、一日クローズになってただけあって雪で真っ白になっている。
ゲートを出ると、毛糸のセーターを着て毛糸の帽子を被った。
気温差は15度以上あるはず、でもそれほど思ったよりも寒くは無い、風もあまり無いからかな?。
マンハッタンまでは地下鉄で行く事に、(実は両替するのを忘れててこの時点で現金が$5程しか無くなっていた)
無料シャトルバスがハワード・ビーチ駅まで行ってると本には書いてあるがバス停が分からないので、空港職員らしき人に聞くと「青と黄色のバスに乗りなさい」って教えてくれて親切にバスのチラシ置き場から一部持ってきてくれてこの色のバスに乗りなさいって言ってくれた。
おばちゃんありがとう~ 一応運転手に地下鉄に行くかを確認してハワード・ビーチ駅行きに乗り込んだ、各ターミナルと数箇所の駐車場を回ってやっと駅に着いた、ここまで30分ほどかかったみたい・・・
駅で無料の地下鉄とバスの路線地図と1日乗り放題メトロカードを入手した、出発前に地図は確保するように教えられてので、実行に移す。
今回ニューヨークについて情報は知人から仕入れていたのと、4泊するので自分ではほとんど調べていなかった・・・。
今回、自由の女神はどうしても見たいのと思っていて、たまたま数日前に映画「海の上のピアニスト」を見ていて、冒頭の部分でアメリカに移民する人々が彼女の姿を見て、歓喜するシーンを見ていたので、これは絶対に見なくては、と心に誓ったのである、まぁそんな大げさなものではないけど、せっかくニューヨークに来たなら自由の女神は見ておかないと 全く調べていないので、路線図を見ても全く解らないが、眺めていると、タイムズスクエアーの文字が見えたので、まずはそこに向かう事にする
昔は、地下鉄は危ないって聞いていたが、最近行った人々に聞くと全然危険じゃないって事なので安心して地図を広げて確認できました。
マンハッタン近くになると、お菓子を売り歩く子供達がいてました、M&Mのチョコレート1袋$1でした。 なんか、戦後の日本みたい・・・
駅を降りると雪・雪・雪、雪は降って無かったが歩道も雪で埋もれてる、何処に出たのかも分からず、歩く人に聞くが愛想が悪いし、早口で何を言ってるのか理解出来ない
よく聞いてると語尾をはっきり言って無いような。。ニューヨーク弁なのかな?
朝の9時過ぎの忙しい時間帯では、あったのだが愛想なしが多い それに歩くのが速い、世界的にも大阪人とニューヨーカーは歩く速度が世界一速いと聞いていたが雪道でも速かった。
そして、信号無視は当たり前のようで、警察官が信号無視してるんやから・・・ いまいち、聞いてもわから無いので、仕方なく交差点でストリートとアベニューを2ヶ所で調べて自分の位置を確認して、雪道の中を進むと、何とかタイムズスクエアーにたどり着くことが出きた、さすがニューヨークの名所の一つなのでカメラで撮影している人もいた。

やっとニューヨークに来た実感が湧いてきた、今までは、歩道まで雪で周りはビルばかっかりだったんで・・・なんか東京か大阪に居るみたいな感じしか無かった
そこいら辺をうろうろして、朝食を取る為にマクドナルドに入る、ビックマックとコーラのスモールを注文したが、ラージサイズとポテトのセットがあるからってそれに変えられた、確かにコーラ単品は$1でセットだと¢70なので安いが、ラージサイズは日本の規格とは違うので、罰ゲームなみの量やぞ!と思いながらも全部飲んでいた。

ここで、自由の女神のフェリーの乗り方について、調べるとマンハッタンの最南端バッテリーパークから船が出ている、とあるが最寄の駅からは、少し歩かねばならないみたいだ
とりあえず、南行きの地下鉄に乗り込んだが、乗り過ごしてしまいブルックリンに行ってしまった、一旦外に出て北行きに乗り 換える そして、出たは良いが方向が分からす、反対方向に進んでいたようだ、そこで思わぬものを発見した! なにやら工事現場の様に、周りを柵で囲った所に、人が集まっている。
もしやと思いつつ進んで行くとグランドゼロだった。

そういえば、サンフランシスコ空港で金属探知機がなって、調べられて、その後ジャケットを着ていたら、職員のおねえさんに「Good Trip」みたいな事を言われて「ありがとう、今からグランドゼロに行く」って言ったらにっこりしてくれた事を思い出した
しばらく、なんとも言えん複雑な気持ちを感じながら、しばらく漫然と工事現場のような風景を眺めてから少し離れた所から再び眺めてから、 その場を離れリバティー(自由の女神)を目指すが、手持ちの現金がないので近くにデパートみたい建物があったので、そこでトラベラーズチケットで現金を手にする事にする。
この後、西海岸からメキシコに向かうが、長袖シャツしか持ってきていないので半そでシャツを買うことにした、ここでもアロハシャツを買ってしまった・・・
夏場はアロハに半ズボンな格好なので、アロハと呼ばれてるくらいなのだ・・・
趣味でやってるバンドのステージネームもアロハやし・・・ これで現金を手にして、雪道を進んでリバティーの元へ向かう 雪のバッテリーパークを抜けて、フェリー乗り場に向かう途中でリスが出てきた、ほんとに大都会の真中にリスがいるんやと、少し感動・・

チケット売り場を探していざ乗船 甲板に出て外の景色を見るが、とにかく寒い!川には氷が張ってるし・・・

解説が船内に流れているが英語だけなので、理解不可能 なんか分からんがアメリカでは歴史のありそうな建物この建物が移民局の建物だと思っていた(帰ってきてからベトナム戦争館と分かる)の前を過ぎる時、ヨーロッパ人はここでアメリカの国籍と取っていったのだが、黒人奴隷として売られてきた人達もここを通ったのかな?
荷物として運ばれてそのまま奴隷市場?
っと思った。

勉強不足でここを通ったのか知らないが、昔テレビで黒人が奴隷としてアフリカから連れてこられた自分のルーツを調べて行くドラマ「ルーツ」を思い出した
もう一つの建物(帰って来てからこっちがエリス島移民博物館と分かる)の前を過ぎて

やっとリバティーの前に到着この時は、乗船している方々も一斉に記念撮影をされてました。

意外と知られてないが、自由の女神のモデルは黒人女性で黒人奴隷解放=自由の意味から、自由の女神と名付けられたと言う説もある
昔テレビでコンピューターの基本的なシステムはこの移民局で個人の識別用カードにパンチで穴をあけて、機械を通したのが始まりと言われてたのを思い出した
アメリカの歴史の中で過去の裏と表が交差してる、このちっちゃな街には、最近ではテロ、昔は奴隷、自由、コンピューターと歴史を刻んで来たのかと思った そして次に、たぶんブルックリン橋の下をくぐってから、リバティーは見れたし、

寒いので甲板から船内に入ると今まで船内で聞こえていた説明は、このおじさんが生放送してました

バッテリーパークに帰ってきて、雪の中をウロウロしていると銅像これも何の像か不明と球体のオブジェがあった(これも帰って来てからテロの時の遺物でここに移設した物と分かる)

ホットドックの屋台や自由の女神TシャツやI LOVE NYのTシャツを売ってる屋台が出てました
そして地下鉄に乗り込んで、チェルシーの辺が安全だと情報を聞いていたので日本で調べていたチェルシーのホステルの宿を取るべく、北に向かったはずだったが・・ 地下鉄の乗り場を間違えたらしく、再びブルックリンに向かってしまった上に駅名も見てなかったので、しばらく逆方向に走っているのに気が付かずかなり行ってから気づき、再び一旦外に出て乗り換えた・・・
ニューヨークの地下鉄は、北行きと南行きの乗り場が構内で、繋がっていない・・。
まあ1日乗り放題券やし、自由な旅やからって自分を納得させて、チェルシーを目指す、が・・・
ここで又やってしまった・・・・
またやってしまった・・・
今度はニューヨークの地下鉄で熟睡してしまった・・・
今度は起きたら135ST駅だった、この辺はちっとやばい地域のはず・・
ハーレムの辺かもしれないと思い、警戒しながら南行きに乗り換えた。
たぶん20分以上は寝てた可能性が大や・・・
でも荷物もちゃんとあるしポケットに入れたお金もある感じやし、気にせずにチェルシーインターナショナルホステスを目指す
時差がサンフランシスコと4時間あるので、体内時計は狂ってるし緊張からか、余りおなかが空かない今日は朝は機内食のターキーサンドと昼頃にビックマックを食べただけだ・・
やたら眠たい・・・
途中で水だけは、買っておいてホステルを探す、住所だけを頼りになんとか4時過ぎに到着、チェックインを済まして6人部屋に入ると白人が一人ベットの上で本を読んでいた

挨拶だけして、回りの状況を見るのと夕食を取るためにすぐに外に出た
日本で調べたら美術家を目指す若者の街となっていたが、別段そんな感じは無かった、
面白そうな雑貨屋とかアメリカって感じの店を探すが見つけられない。
トラベラーズチェックを使いたいのもあって、今夜はステーキでも食べようかと思い探すが、ファーストフードの店しか見あたらない・・・
仕方ないのでホットドックとスープにしたが、またもやスープが塩辛い・・
数口だけ飲んだがそれ以上は飲めなかった
メニューを眺めているとセットがあって、同じホットドック2本セットや同じハンバーガー2こセットが書いてあった。
ハンバーガーとホットドックとかチーズバーガーとフィッシュバーガーみたいに、違う組み合わせを食べたりしないみたい。
ますますアメリカ人の味覚が分からなくなってくる???戦争好きなのも、食べ物のせい??
と色んな事を思いながら、話かける事が出来そうな人が回りにいないので一人寂しく夕食を取る。
その後、近所に面白そうな所な無いかと捜し歩くが、東京・大阪とあまり変わらないような街のイメージしか感じ無かった。
明日、一日動き回るとイメージがかわるかな?と考えながら宿に戻ることに 9時頃戻るとあの白人だけがいた、話かけたがあまり返事してこないし、すぐにアイマスクをしてベットに横になった。
どっちにしろ英語は分からないし眠いしで、明日の予定を軽くたてて荷物の安全を考えて、カバンにゴム性の紐(スキーの時に帽子が飛ばないように止める紐)をジャージの袖に付けて就寝した


コメント